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横浜家庭裁判所 平成9年(少)4333号 決定 1997年8月15日

少年 N・E(1978.1.12生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は

第1  公安委員会の運転免許を受けないで、平成9年7月21日午前6時20分ころ、横浜市○○区○○×丁目×番×号付近道路において、自家用普通乗用自動車(横浜××せ××××号)を運転し

第2  前記日時ころ、業務として前記普通乗用自動車を運転し、前同所先の交通整理の行われていない丁字路交差点を○○町方面から○○駅方面に向かい右折するにあたり、同交差点手前には一時停止の標識が設置され、かつ、左右道路の見通しが困難であったのであるから、一時停止をし、左右の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、交差点手前で一旦停止したものの、左右道路の安全を十分に確認しないまま漫然と時速約5キロメートルで同交差点内に進入した過失により、右方道路から進行してきたA(当時58歳)運転の普通乗用自動車(横浜××み×××号)に自車右前部を衝突させ、よって同人に全治2週間を要する腰部、左膝挫傷の傷害を負わせ

たものである。

(法令の適用)

第1の事実につき 道路交通法118条1項1号、64条

第2の事実につき 刑法211条前段

(処遇の理由)

1  経緯等

(1)  少年は、福建省○○市に出生し、平成3年4月に来日した両親を頼って、平成4年3月初旬に来日し、両親とともに横浜市内で生活するようになった。少年は、同年3月11日に中学校に編入したが、日本語が理解できない等の理由で、学校生活に適応できずに不登校状態となり、平成6年3月に中学卒業した後も、職場に適応できずにほとんど就労せず、毎日、テレビやビデオばかり見て、夕方からは中国人の友人と横浜中華街を中心に交遊した。少年は、平成5年11月、中国人の友人と共謀して空巣に入り、窃取した通帳等を利用して銀行等から金員を引き出すなどし、この事件について、平成6年5月27日、当庁において不処分決定がなされた(当庁平成5年(少)第10555号)。また、少年は、平成7年3月、少年の伯父と中国人の友人とともに、祖母の住む愛媛県今治市で自動販売機荒しを行い、この事件について、逮捕、勾留、勾留延長、観護措置を経て、同年5月12日、当庁において保護観察決定がなされた(当庁同年(少)第1844号)。

少年は、保護観察中、及び平成9年1月に保護観察が解除になった後も、安定した職に就かず、アルバイト中心で、そのアルバイト先も転々と変え、家庭に落ち着くことはできずにゲームセンターに入り浸っていた。

なお、少年の在留資格は「定住者」で、1年ごとに更新している。

(2)  少年は、同年2月ころ自動車教習所に通い始めたが、語学的な障害等もあって、未だ仮免許を取得していない。ところが、少年は、同年5月ころ、知人から本件無免許運転にかかる車両である三菱ギャランE-DE3Aを購入し、以後、常習的に、上記車両を運転していた。

少年は、同年4月ころゲームセンターで知り合った日本人のガールフレンドのB子(当時20歳)とともに、同年7月20日午後10時ころから、横浜市内を上記車両でドライブしているときに、長時間の運転による注意力の低下もあって、本件非行にかかる業務上過失傷害を生じさせた。

少年は、無免許運転の発覚をおそれ、事故後直ぐに後部座席で睡眠していたB子に身代わりを依頼し、現場に来た警察官に対し、B子が運転していた、自分は後部座席で寝ていたなどと供述した。ところが、被害者の供述から少年が上記車両を運転していたことが警察に判明し、少年は現行犯逮捕された。

なお、現在、被害弁償の目処は立っていない。

(1)  少年は、日本語について、会話は十分にできず、読み書きはほとんどできない上、これらに習熟する意欲にも乏しい。また、逮捕時の所持品やゲームセンターに入り浸る生活などからも窺われるとおり、日本の若者文化の表面的な部分にあこがれ、これを模倣するものの、自動車の税金、自動車保険、車検などについてほとんど知らないなど、日本社会に関する知識には偏りがあり、日本の習慣にも慣れておらず、日本社会に適応しようとする意欲を欠いている。

少年は、周囲への依存心が強く、自分から解決しようと前向きに努力する姿勢に乏しく、問題に直面しても、楽観的に考え、受動的で成り行き任せの対応になりやすい。少年は、安易に収入を得ることばかり考え、少しでも楽で、高額な収入を得ることができる仕事を求め、うまくいかなくなれば直ぐに辞めてしまい、安定した職を得ることができない。

少年は、弱く情けない自分を見せることを嫌い、自分の失敗や誤りを認めることができず、その場しのぎの対応を繰り返している。本件車両の購入先、逮捕時の職業などについて、捜査段階、調査段階、審判段階に供述に変遷があるのも、その場しのぎの対応の顕れと見るべきであろう。少年は、一定の枠組みを与えられれば、その範囲内では逸脱的な行動を示すことはなく、周囲の指導に従うことができる。しかし、その従い方は表面的なものであり、十分に理解したり、先を見通したものではなく、自分自身で行動を律する力は弱く、枠組みがなくなれば安逸な生活に流れやすい。少年の供述する本件非行に関する反省の内容は、表面的で具体性を欠くものであって、少年の内省の深化は認められない。これは、知的能力における制約が影響していると思われる。

また、少年は少年院に送致されることをおそれ、当審判廷において、警察官に対しB子が運転していたと虚偽の申告をした理由について尋ねられた際、警察官に尋ねられる前にB子に身代わりを依頼したにもかかわらず、警察官が来た際に緊張のあまり何を言ったか分からないと供述するなど、保身的な供述が目立っている。

自動車の運転についても、当審判廷において、前記車両購入時には無免許運転が悪いことだとあまり分からなくて、直ぐに運転したかったと供述するなど、交通法規を遵守しようとする意識に乏しい。

(2)  少年は、厳しく叱責する両親をおそれ、両親とほとんど会話をしない。実父は、近時、叱責に従わない少年にあきれ、少年自身で責任を取るしかないと突き放し、結果として少年を放任している。実父は無免許運転につき叱責したものの、少年はこれに従わず、実父も、その後、少年の無免許運転状態を放置していた。

3  少年は、常習的に、自己所有の自動車を無免許で運転し、その中で本件非行にかかる業務上過失傷害事件を生じさせたのであり、本件非行についての少年の責任は重いと言わざるを得ない。少年は、前件非行によって保護観察処分を受けた後も、生活はほとんど改まらず、中国人同士の狭い社会の中で、安逸で怠惰な生活を続けており、保護観察処分が結果として効を奏していない。しかも、現在、少年に対し両親の指導が及ばないことを考慮すると、既に在宅処遇の限界を超えている。

したがって、少年は成人を目前としているが、少年の更生のためには、少年を中等少年院に送致するのが相当である。そして、少年の知的能力の制約も考慮すると、院内で相当な時間をかけて系統だった日本語教育を施すことを要し、日本において社会生活を送る上で必要な日本の文化、習慣、規範等を学ばせるとともに、日本社会での就労の現実を十分に理解させ、安定した仕事を目指すように指導し、また、自立に必要な技能や知識を習得させることが必要である。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 桂木正樹)

〔参考〕 抗告審(東京高 平9(く)269号 平成9.9.16決定)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、要するに、少年を中等少年院に送致した原裁判所の処分が著しく不当である、というのである。

そこで、一件記録を調査して検討すると、本件非行は、少年が、無免許で普通乗用自動車を運転し、交通整理の行われていない交差点を右折しようとした際、右方道路に対する確認不十分のまま、右交差点に進入した過失により、右方道路から直進してきた普通乗用自動車に自車を衝突させ、その運転者に全治約2週間を要する傷害を負わせたという事案である。

少年は、中国福建省で出生し、平成4年2月(14歳時)来日し、いわゆる定住者として、横浜市内中華街の料理店で稼働していた両親のもとで、弟及び妹らと生活するようになったものの、編入した中学校に適応することができず、不登校を続け、中学校卒業後、殆ど稼働せずに遊び暮らし、中国人未成年と共謀の上行った空巣窃盗等の非行により、平成6年5月27日、不処分(保護的措置)となり、その後、共犯者2名と共謀の上行った、いわゆる自動販売機荒らしの非行により、平成7年5月12日、保護観察に付されたものであるところ、少年は、運転免許を有していないのに、平成9年春、本件車両を購入し、日常的に無免許運転を繰り返していたことが窺われるのであって、法規範無視の態度には根深いものがある。そして、少年は、来日して5年以上経過しても、日本語を習得することができず、その意欲にも乏しく、両親ら家族や周囲の中国人としか融合することができないため、わが国における適応能力に著しく欠けており、これまで、中国人同士の狭い社会の中で、怠惰な生活を続け、前記の各非行に及んでいるものであり、本件非行についての反省の態度は表面的であって、内省の深化が認められず、少年の両親も、少年の行状に手を拱き、少年を突き放す態度に出ており、両親に、少年に対する適切な指導を期待することは困難な状況にある。

このような本件非行の経緯と態様、少年の行状とわが国における不適応状況、家庭環境等に徴すると、少年に対しては、施設に収容し、日本語教育を施すとともに、規範意識を身につけさせるなどして、社会的に適応することができる能力をつけさせ、正常な社会的生活が営めるよう訓練を施す必要があるといわなければならず、少年を中等少年院(長期処遇)に送致した原決定は、相当であるから、論旨は理由がない。

よって、少年法33条1項後段、少年審判規則50条により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中山善房 裁判官 鈴木勝利 岡部信也)

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